2007年09月07日
よくわかんないけど、なんとなく
上杉隆の書いた『官邸崩壊』と村上龍の『半島を出よ』を一気読みする。おかげでこの三日間は、飯を作ることも洗濯をすることもできなかった。
二日間は、テレビの仕事の合間、移動中、ベッドに入って完全に眠ってしまう瞬間まで、目で文字を追う行為を辞めることができなかった。
後の一日は、現実に心を戻す作業。
もちろんその間、書く方の仕事はしていない。しばらくできそうもない。といっても、締め切りがあるのでそんなことはいってられんが。
ここまで面白いものを読んでしまうと、嫉妬もしない。二人とおなじく書くことを生業にしている自分がゴミになった気もしない。
あたしが本を読みながら考えていたことは一つ。
もちろん、その本のストーリーを追いながら考えているわけで、漠然とぼんやりとなんだけど。
息子のことだ。
そろそろ英語を本格的に習わせなきゃ、なんてことを考えていた。
龍さんファンのあたしは、彼の作品をずっと読み続け、「ひょっとして、そんなに遠くない将来、自分のいる現実が一瞬にして逆さまになる時がやってくるんじゃない?」というような不安を抱きつづけている。
彼の作品を手にしたのは中学時代だから、かれこれ二十年はそんな不安とつき合ってきたことになる。
そりゃあ、龍さんの作った世界のことだろう、新聞やニュースより現実感があるのは彼の力の成せる技なんじゃないの、といわれればそうかもしれない。
しかし、あたしにも才能といえるものがあるんだとすれば、そういう勘の良さの気がしてる。
そういや、はじめて本を書いた時、その帯を龍さんに頼んで、「会ってみてやるかやらないか決める」というような返事を編集者を介してもらい、彼に会うことになった。
深夜の六本木、編集者に呼び出された。その頃のあたしは夕方から絶対に酒を飲むと決めていたので、すでに酔っていた。
なので、もったいないのだが、話したことを全部覚えていない。
でも、どうしても忘れられない一言がある。
「君はどうして物書きになりたいの」
と聞かれ、そんなことはその頃、会う人会う人に聞かれまくったことなので、
「有名になりたいからです」
と用意されていたように、すらっと答えた。
有名になりたいから、という返事は嘘じゃなかった。このままホステスをしていくわけにもいかない、これからどうしようと切実だったし、どうしてみんなはあたしの話を真面目に聞いてくれないのだといつも不満に思っていた。
今考えると、馬鹿じゃなかろうかと思うけどね。なんでそこらにいる一介のホステスの話を真面目に聞く必要がある。馬鹿じゃなかろうか。
でも、当時のあたしは真剣にそんなことを考えていたわけ。で、そう答えた。
すると、龍さんは、あたしでも知っている有名な女性作家の名をあげた。「みんな、不幸そうだ」とつづけて。
「君は普通の女の子(当時は女の子と呼ばれる年齢だったの)に思える」
彼はいった。たしかにそういった。
普通の女の子。それって物書きとしては、駄目ってことじゃないの? とあたしは落胆した。
翌日、編集者から興奮気味の声で電話があって、「龍さんがOKしてくれたよ。しかも、本が売れるように書いてやるから任しておけ、みたいなノリノリな感じだった。あり得ないよ」
あり得ない、あり得ない、と編集者は連呼した。龍さんみたいな大御所は仕事のひとつとして、他人の本の帯など引き受けないからだ。そんなことで小金を稼がなくていい。やるとしたら、仲の良い友達の本か、やらなきゃいけないと自分で感じた本だろう。
帯文を見せてもらうまで、信じられなかった。まさかぁ、と思ってた。でも、本当だった。編集者がわざわざ自宅まで、帯文を持って来きた。
その帯は、
ーー食べるのが、もったいないデザートのような小説
空腹なので食べたいんだけど、いつまでも食べることができない。
食べてみると、とてもおいしい。
でも、あとでなぜか残酷なことをしてしまったような気になってしまう。
この奇妙で魅力的な、ふわふわとした不安定さは、いったい何だろう?ーー
というものだった。
あたしは、あたしの小説というより、あたし自身が頂いた言葉のような気がして嬉しかった。酔って友達にいって、みんなに大笑いされたけど。
じつは、今でもそう思っていたりする。あの言葉は、あの頃のあたしが頂いた言葉なんじゃないかと。
つまり、あたしは普通の女の子だった。普通の女の子は、普通の母親になる。
どうしてみんな、自分の話を真面目に聞いてくれないの? そんな風に馬鹿みたいに考えていたこともあるけど、今はこれぽっちもそんなこと思わない。
依頼された仕事をさくさくとこなしていく。
自分のいいたいことじゃないから、心が籠っていないわけじゃない。前より心は籠ってるだろう。
だって、あたしとあたしの息子がそれで食べていけるんだから。一つ一つの仕事は、また次の仕事がくるよう、評価されるよう、一生懸命書いている。
しかし、あたしの一生懸命は、物書きじゃなく、母親としてなんだと思う。普通だ。
話を戻そう。
息子に英語を習わせなきゃなぁ、と思ったことについて。
普通の母親のあたしは、いつか今の現実が逆さまになるようなことが起きると、予感している。
普通の母親のあたしは、息子が飢えたり、寿命がくる前に死んだりしてはならないと願う。
せっせと稼いでお金を貯めるとか、金を買うとか、外貨貯金をするとかして、不安を薄めるという方法もあるのかもしれない。あたしのまわりの金持ちはけっこうそうしてる。
が、またしても普通の母親の勘で、そんなことは意味がないと思う。
どんな世の中になっても、一人の人間として辱めを受けたりせず生きていく能力の方が大事なんだとあたしは思う。
なので自分が、高校時代の三年間、二百三十五人中二百三十二番だったことも、義務教育時代、一回も宿題をしていかなかったことも、この際忘れることにした。
息子には嫌われることも覚悟して「勉強しろ、勉強しろ」といっている。いってるだけじゃはじまらないから、家庭教師も雇っている。
亭主もいない、仕事も不安定な、この状況で家庭教師だ。かなり博打的な考え方だろう。
やつに英語を身につけさせるとしたら、もう一人家庭教師を雇うことになる。金銭的なことを考えれば塾に入れたいところだけど、あの男はほかに仲間がいると恥ずかしがって真面目にならないのだ。
ぼんやりしている暇はない、稼がなければ。仕事しなきゃ。
こういう本音はあんまり書きたくないのだけれど。
それは卑怯だろって感じるあたしだから、書いてもいいんだって思ってる。よくわかんないけど。なんとなく。